
WS Journal 15 土から布へ からむしWS 2608
雨が多かった6月と打って変わって、晴れ続きの後。
水があまり上がっておらず、ちょっと引きにくいからむし。
こういう時は、しっかり水につけるのが大切。
この日の最高気温は34度。
晴れ渡る青空に蝉の鳴き声、うぐいすやガビチョウの声が響く。
でも岩肌と木々に囲まれたたからの庭、時折すっと通り抜けていく風が涼しい。
そして何より井戸水。冷たい水に触れる作業だから、暑くてもなんとかやっていける。
参加者の方は、年齢も性別も、興味も様々。
「朝は草だったのに、それが夕方には布になっている」
それが面白かったと語ってくださった方もいらっしゃった。
普段何気なく着ている服や、使っている布たち。
でも、それらもかつては植物であり、あるいは動物であり、生きていたいのちであるということ。
それを自分の手足を動かして、直に見て触って嗅いで、体感する。
そこに魅力を感じて参加してくださってる方は少なくないなと感じている。
普段目にする布たちは、綺麗な製品となって、一糸の乱れもなく陳列されている姿。
コンクリートとプラスチックで固められた窓のない建物の中で、ライトに照らされている。
そんな姿ばかり目にしていると、その源にあるものをうっかり忘れてしまう、あるいは気づくことさえできなくなってしまう。
私たちが普段身に纏うもの、日々の暮らしで使うものたち。
それが私たちの手に届くまでに何があるのか。
源流を辿っていくと、生産や流通に関わる人々はもちろん、そのもの、原料、いのちにたどり着く。
(化繊だって、遠い遠い遥かな昔には命だったもの)
そのことを忘れると、何かが足りなくなる。
そのことに気づかないと、どこか世界が遠くなる。
そんな気がする。
足りないから、もっと欲しくなる。
遠いから、蔑ろにできてしまう、傷つけることができてしまう。
でもそれって、その世界にいる自分自身も遠ざけ、蔑ろにし、傷つけること。
繋がるために。
自分といういのちの根っこが繋がる先を感じるために。
ものごとのその向こう側へと思いを馳せる。
そのひとつのきっかけになって欲しいと続けているワークショップ。
(とかなんとか大仰に書いたけど、単純にまずワクワク楽しいをシェアしたい!という気持ちがある)













